Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “目指せ、一等賞っっ!”
 



 今日は朝からいいお天気で、日に日に朝晩の涼しさが肌寒さへと移行してはいても、陽射しがあれば、その下で てことこ・パタパタ駆け回ればそれなり、上着なんて着てられっかというほどにも汗ばんでくる。けどでも、空気が乾いているから気持ちがいい…という。そんな過ごしやすい季節へと突入し。

  “…あ"〜〜、かったるいぜ〜〜〜。”

 こらこら、何ですか。爽やかな朝だって書いてる冒頭からいきなりの、その萎え具合はさぁ。スポーツの秋、真っ盛りでもある今日この頃…だとはいえ。親しんでいたアメフトからも、一旦は戦線離脱中という、これでも受験生の葉柱ルイくん、17歳。受験生なんて言ってはみたものの、実のところは…これといって特別なお勉強をこなしているということもなく。むしろ、1日の油断が3日の退歩とばかり、アメフトの方でのあれこれをこそ、一縷の慢心もないまま、欠かさず怠らない熱心さ。体力や持久力、反射神経の冴えなどなどを、しっかり持続させとくための、日々の自主トレは欠かしていないし。後輩たちの練習台になってやる…という名目の下に、ボールや走者への勘を鈍らせぬよう、シフト練習にも毎日加わり、秋季大会真っ只中の部員たちを叱咤激励している毎日を送るルイさんではあるものの。今日はたまたま、そっちの試合もない週末であったりし。しかもその上、
“体育祭なんてふざけたもん、ブッチ切ってやってもいんだがよ。”
 実はちゃんと開催されてたんですよの、秋の学生につきものなイベント、賊徒学園高等部の体育祭の、今日は当日だったりし。学業的な何かしらが評価されるとしたならば、出席とそれから、協調性という傾向への、内申書の評価が少しは上がる…かな?というところ。団体行動なんてかったるいとばかり、何をするにつけ、たりぃのダリぃの白けてばかりの世代ではありながらも、一旦取り掛かると…不思議なもんで。せっせとペンキやポスカラ塗って仕上げたポスターだの看板だのが、人の目につく掲示板に貼られたり、晴れ晴れとした空の下、グラウンドへ立てられたりした日にゃあ、妙に愛惜しくなったりもし。皆で呼吸を合わせて舞ってみた、応援団のエールと“援舞”の一差しが、ビシッて決まったりした日にゃあ、ドーパミンやらエンドルフィンやらの増産状態から究極のハイに陥った末の、途轍もない爽快感が押し寄せて来たりもし。日頃はツンケン小生意気なあの子が“○○く〜ん、頑張って〜〜〜”なんて、精一杯に声裏返して、こっちの走り、応援なんかしてくれた日にゃあ、闘志ともに何かよく判らん甘酸っぱいものまでが勃起し…あ・いやその、げふんごふん。そんな具合で、食わず嫌いに敬遠していたクチほど、手をつけてみりゃその熱気に惹き込まれやすいのもまた、こういったお祭り騒ぎの昔からの魅力というものでございまして。
“………そういや、祭りの晩には夜這いが横行すんだってな。”
 こらこら。さっきせっかく誤魔化したのに。
(苦笑) そんな案配で、誰もがついつい熱狂しちゃうのがお祭りだっていうのにね。こっちのお祭りとそれから、学園祭の2つとも、実はルイさん、1年のも2年の時のもスルーし続けている。彼曰く、
“だって、季節が悪すぎる。”
 選りにも選って、アメフトの都大会や関東大会とガチンコしていれば、そっちの練習の方へと集中したいじゃあありませんか。何でもこなせる器用な人間じゃあないから尚更に、これを一つというものへと集中したくて、準備期間からのずっとを参加しないままに来た彼だったのだけれども。

  『最終学年なんですよ?
   これを逃したらもう、高校でのお祭り騒ぎの思い出、作れないんですよ?』

 何でだろうか、本人が全然何とも思ってなかったってのに、周囲の連中、後輩までもが、妙に熱心に参加しましょうよと掻き口説き始め、
『運動会だろ? メグさんから聞いてるぞvv
 日曜だって話だしな、試合もないんだ、俺も観に行っからと。あの金髪坊やまでもが話を合わせていたりして。

  “………まさか。”

 もしかして…あの妖一坊やが何ぞ企んででもいるのかも、と。カナリアさんみたいな伸びやかなお声と、金の髪に淡い宝石みたいな金茶の瞳の。印象派の画家による柔らかな線で描かれた、まだちょっと幼い貴公子みたいに、物腰も笑顔もそれはそれは嫋
たおやかな。相も変わらず天使のような愛らしい風貌の、小学生の坊ちゃんを相手にそんな…と、普通一般ではまずはあり得ない発想なれど。彼らの間では一番に無難なところを(笑)勘ぐってみたものの、
“そんなしょむないことへ労力絞り出すよな お馬鹿じゃねぇか。”
 何かしら障害として立ち塞がりそうなことが起こって、それへと“こなくそ”って策を弄して克服するっていうカッコでの。奇策・謀略への機転や、それを実行に移すバイタリティには凄じいものがある小悪魔坊やではあるものの。たかだか公立高校の運動会に何をどう企むものがあるやらで。考え過ぎかな? 皆はただ単に、葉柱に体育祭で頑張った思い出とか作ってほしいだけなんかもな。ああ、縦割りで同じチームになるロニとかシノブとか、一緒にリレーに出れるなんてって喜んでもいたようだったしな。

  “しょうがねぇよな、まったくよ。”

 かわいい連中だぜなんて、お父さんみたいな心境になり。そんな皆が待っているならと、やっとのこと、身を起こしてただけだったのを、よっこらせとベッドから降り立って。いよいよ本日催されるイベントへ、ちょっとは楽しいって気分を抱いての姿勢を取れた、総長さんであったらしい。





            ◇



 賊徒学園高等部は、一応は都立の学校なれど、校舎の外観やら通ってくる生徒さんたちの雰囲気から何となく予想がつくように、ちょぉっとばかり、あのその、柄が悪いというか、元気あり余りというか。でもだけれども、礼儀作法が特殊ながらもきっちり行き届いてる“弱肉強食”の世界だとか〜〜〜。え〜っとう〜っと。あのその・うん。まま、ともかく元気が一番っていうことで。
(苦〜〜〜)

  「ルイ〜〜〜vv

 バイクをいつもの駐輪場へと置いてから、出て来たのはグラウンド。さっそく捕まったのが、何でお前の方が先に来てやがったの小悪魔くん。
「メグさんに迎えに来てもらったんだも〜んvv」
 生徒用の観覧席の、女子たちの集まってた一角に混ぜてもらっているせいだろか。今日はまた“猫っかぶり”の方も勢いが違う。爪が長くて赤くとも、茶髪通り越して金髪銀髪、メイクもやりすぎじゃねぇかのヤマンバが混じっていようとも。女の子へは“天使”で通す坊やだから。それか…もしかして、対抗意識が沸いての可愛い子ぶりこに拍車が掛かるのか。

「ヨウイチくん、か〜わいーいvv
「お肌すべすべ〜vv
「美人〜〜〜vvv

 いい子いい子と撫でられるのへ、やんやん・やーのvvと照れながらも微笑い返して。向こうは本物の天然さんのセナくんと並べたくなるような甘えん坊っぷりを、存分に発揮しており、
“…後で“どっと疲れた〜〜〜っ”とか言うんだぜ、このヤロが。”
 安物のホストクラブのチィ兄格なんかじゃあないのだから。この人はどうだの、あのお姉さんはしつこいだの、批評めいた告げ口などなど、愚痴のようにこぼすようなことまではしないものの、
『女ってのはどんな世代でも一緒だもんな』
 いけしゃあしゃあとそんな一言 言ってのけ、部の一年辺りの、実はまだあんまり女性を知らないクチの連中の、度肝を抜いてたりする困った坊や。ここまで愛くるしいお顔の裏、ホントの本音のお顔まで、知っているのもこの際はどうかと、何ともしょっぱそうなお顔になってしまったルイさんへ、
(苦笑)

  「ルイさん。」
  「総長、ちょっと。」

 今日ばっかりは…学年別に色分けされた、揃いのジャージという体操着姿の仲間内。元副将のツンさんと、こういうカッコでもどこか上手に着崩してる洒落者の銀さんとが、ちょいちょいっと手招きしてたりするもんだから、
「? どした?」
 まま、女子の席にいる分には、滅多なクチ利いて騒ぎを起こすこともあるまいと。それでも一応、坊やへの目配せ送って了解を得てから、呼ばれた方へと足を運んだ葉柱総長。てっきり元副将と銀さんだけかと思いきや、
「…何だ、お前らまで。」
 校舎の陰に集まっていたのは、アメフト部員とそれから、部員ではないけれど、駅前やら幹線道路やら、総長さんが頭目となって一手に統括している族のメンバーたちが何人か。やっとおいでかと、どこか急いた雰囲気のままに腰を上げて見せるのへ、
「まあ待て。」
 話は俺がすっからよと、ツンさんが軽く手を挙げ、皆を制して言うことにゃ。

  「今日の体育祭。あの坊主が何やら企んでますよ?」
  「………はあぁ?」

 差し出口を叱られるのは承知の上です。何せ、総長が一番身近にいたってのに、何にも知らなかっただなんてあっかよって、俺らだって思うところですが。そこはあの坊主の恐ろしさ。
「俺らも知らない間に、ネットや口コミ使って、とある噂を流してまして。」
「噂?」
 ええ。今日の体祭の優勝クラスには、カメレオンズのHPから素敵な贈り物を贈呈するって告知が出てたそうなんですよ。それも会員しか見れない特別な隠し部屋とやらにね。

  「………成程。」

 そうだ、そういうことが得意な坊主だ。それに、そうそう、カメレオンズのHPもあいつが作ってやがったよな。間合いがいいんだか悪いんだか、こんな校舎裏まできぃーんと轟く怪鳥音は、放送部が調整中の本部のマイクが出してるハウリング。体育祭にはいかにもなBGMを聞きながら、今になってそれやこれや思い出してる葉柱であり、
「内容は“内緒”ってなってたそうですが、あいつの素性は校内でも結構正確なところってのが浸透してます。」
 歓楽街のおミズのお姉様がたや、ミニパト乗務の婦警さんたちに友達が多いこと。王城の桜庭や例の歯科医の他に、知ってましたか? インディーズ出身でめきめき人気上昇中の、佐々木コータロと赤羽隼人ってロックユニット、あれのWeb方面への広報プロデュースも、何とあの坊主が手ぇ貸したって話だそうで。
「………で?」
 ロックユニットがどうのって話は本当に初耳だったんで、ああいつぞやのバスケ友達やサバゲー仲間みたいなもんかと、またひとつ教えていただいた坊やの活動範囲の広さに、総長さんが微かながらも驚嘆していると、
「そんなこんなで、イケメンにも顔が広いってことから、本人へ“可愛〜いvv”って群がってる女子の他、そっちへの顔つなぎをしてもらえるかも、なんて期待している女子も少なかないそうで。」
 今、こいつ“可愛い”にvvをつけなかったかと。要らんことへ注意が逸れた総長さんだったのは、何だか嫌な予感がするぞという“警報”が頭のどこかで鳴り始めたから。
「そんで、今日の体祭、例年になく皆して盛り上がってるみたいなんですが。」
「何だよ、それって良いこっちゃねぇか。思い出作りなんだろ?」
 そんなくらいで人を呼んだのか。まあ、何も知らなかったままではちょっと癪だったかもなので、そこんところを教えてくれたのは助かったがよと。ジャージのポケットから手を出すと、さして崩れてもない前髪を、がさりと無造作に梳き上げ。ちょっと渋いがそれでもふんわり、余裕の笑みを見せながら。内心では…正直言って、何だかちょっと。気落ちさえしていた葉柱でもあり。あの小悪魔の企みならば、もっと何か凄まじいものが待ってそうな気がしたし、最悪の事態への覚悟みたいなもの、何か爆弾発言をされても取り乱さないようにって意味から。腹の底にてちゃんと支えられるようにって、知らず踏ん張ってさえいたから。

  “いや、性悪だって思ってたワケじゃあねぇんだが。”

 ただ。物凄く突飛なことをほいほいと思いつく子で、しかも困ったことにはずば抜けた実行力もあったりするから。精密機械の操作や改造に長けていて、先進の家電にロクでもない機能をこっそり付け足すなんてのは手遊びレベルだっていうし。コンピュータに関しては、本体部分、ハードに関してばかりじゃあない、各種プログラムやネット接続のあれやこれやにも精通しているから。プロのハッカーも顔負けっていうよな手腕を駆使すれば、どんなに不可侵とされてるマザーへも、不法侵入やら悪戯やらがお手のものだっていう恐ろしさ。そんな坊やなもんだから、何か企んでるみたいですなんて言われては。ついつい…どこの国の国防総庁へのハッキングをやらかして、国家機密を手に入れたやら。どこの陸運局のデータベースを盗み見て、記念コインの保管金庫のパスワードを手に入れたやら…などという、大きいんだか小さいんだかも もはや判らないような、ややこしい犯罪までもを想定しちゃってた総長さんであった模様。こやってあらためて浚ってみると、成程、大変な子の保護者代理をやってるお兄さんなんだねぇ。
(苦笑)

  「だから…ルイさん。」

 何だよ、まどろっこしいな。そんな言いにくそうに してんじゃねぇよ。俺はこれでも、いつだって、ちゃんと覚悟は出来てんだよ。あの坊主がついうっかりでどんな悪さをしでかしても、一緒に謝りに行ってやるってな。それが国会や某国のホワ○トハウスって話んなってもだ。そこまでの覚悟がある俺へ、一体どんな爆弾発言が勝てるって言うんだよ…と。いや、その覚悟を聞かされてない彼らには、だから何を言っても大丈夫だってこともまた、判りようがないと思うんですがね。
(苦笑) せっかく穏当に話が済んだかと思いきや、何だか歯切れの悪いまま、まだ何かしら付け足したい彼らであるらしく。
「どんな賞品なのかって噂の暴走は、留まるところを知らないみたいで。」
「男子へは美人なお姉さんとの縁結び、女子へはイケメンとのデート斡旋なんてのまで勝手に噂されてたのは、まま判るんですが。」
 あのその…と、やっぱり言葉を濁して、その先へ進めないらしいツンと銀と。

  「…てぇ〜い、俺は気が短けぇんだっ。さっさとキリキリ言いやがれっ!」

 そうだぜ。何かこの頃、つか、あのチビと“子守りしてます”ってカッコで一緒にいるせいか、すっかり忘れ去られてっかも知れないが。俺はな、物事を即決出来ねぇ奴こそ一番の無能だと思っちまうほどに、そりゃあ気が短けぇんだ。………妙なことを威張っております、葉柱さん。それほどまでにじりじりしていた彼だったそこへと、

  「…あの坊主自身が賞品だってな話まで飛び交ってまして。」

 えいっと。このヤロっと。物凄い踏ん切りというか勢いというか。カメレオンズの誇る双璧でも、口にするのに度胸を高めるためのそんな“間”が必要だった、肝心要の一言は、

  「………あ"?」

 あああ、ほらやっぱり。まずは理解するための咀嚼に、時間が掛かってるみたいだぞ。そりゃあまあ、あんだけ可愛がってる坊やの操の話だしなぁ。おいこら、誰がそこまでディープな話をしていたよ。単なる“1日デート権”じゃあないかって噂だって言ってたじゃねぇか。つか、男の子だぞ? 何でそういう方向で危ぶんでんだよ。あ、知らないんすか? 今時は女の子じゃあなくたって、あそこまで愛らしい男の子なら十分に“萌え”の対象になるんですってば。女子からすりゃああんな天使みたいな子、1日でも良いから弟扱いで引き回したいとこでしょうし。男にだって、可愛いものはついつい撫でてやりたくなるってことくらいはあるでしょうが。ねぇよ、そんな趣味。え〜〜〜、そうっすか? 銀さん、こないだ、家で飼ってるゴールデンが仔犬産んだんだって、こぉ〜んなに目尻下げてませんでしたか? うっせぇなっ、放っとけよ。/////////

   「……………………………。」

 総長さんの一時停止状態に、こういう場合はどうやって再起動させればいいのか、手順も術も判りませ〜んと。喧嘩や試合ならともかく、こういう時には一向に頼りにならない男衆たちが、不安を誤魔化すためだろか、よく判らない会話へと意識を逸らしていたところが、

  「…よっし、判ったっ!」

 おおお、自力更生しちゃったぞ。さすがは族の大黒柱だ。
(おいこら) 茫然としつつも、その胸中では…何かしら新たな覚悟でも決めていたものか。妙に冴え冴えと鋭さを増した眼差しで見回され、一同がサササッと居住まいを正す。屈強な風貌は、今時のイケメンとはちょっとばかり枠が違うのかもしれないが、それでも男惚れ間違いなしというその精悍な表情を。今は冷然とした眸ヂカラにて、きりりと引き締めた我らが総長。どんなプレッシャーにも逃げず怯まず、コトが生じたなら皆の楯になって矢面に立つ覚悟はいつでも持ってて。喧嘩は抜群に強いし、バイクのライディング・テクも秀逸で。度胸も据わってるし場慣れもしている。そのくせ…途撤もない七光を持ってることさえ、彼には棘でしかないという、頑迷なくらいに純朴なところもあって。

  ――― そうまで申し分のない、
       侠気いっぱい、男臭さもいっぱいな総長さんだってのに。

 そんな彼が一番に堪えたのが、坊やを誰ぞに奪取されることだったってのは、もはや誤魔化しようのない事実となってしまった訳だけれど。まま、そんなことくらいはとっくに、舎弟の皆様には知られてたことだったしね。
(笑) そ〜れはともかく。

  「良いか? お前ら。」
  「うすっ!」
  「はいっ!」

 さあ、どんな檄が飛ぶものか。何ならあの坊主、体祭終了までどっかに拉致っても良いんですぜ? 馬鹿ヤロ、それじゃあ意味なかろうが。え? あ・そか…なんてな、逸る気持ちを押さえ切れなくての先走り、フライングしかかってる顔触れもいる中へ、

  「今日の体祭、それぞれ存分に体力も馬力も発揮して、後悔のねぇように過ごしな。」

 ……………。はい? 何か今、生徒会長からの開会の宣誓でも聞いたような気がしたんですけれど。どんな策略、横槍を構えて、それを自分らに命じる総長さんかと、それをこそ期待して待ってた皆が、全くの全然、見当外れな方向への宣言を頂いてしまい、なんて穏便なお言葉だろかと、全員揃って目を点にする。
「あの…ルイさん?」
「なんだ?」
「いいんですか? 体祭、妨害とかしなくても。」
 体育祭そのものがぶっ壊れれば、優勝も不成立で賞品もチャラになろうと、こちらの皆としてはそれを命じられるものと想定していたらしく。だがだが、
「あほう。」
「はい?」
 さっきまではきりりと引き絞られてた三白眼が、ちょいと眇められての伏し目になっており、
「そんな判りやすいこと、あの坊主がそんなもんを宣言している以上は、お見通しのはずだっての。」
「はあ…。」
 自分らの手による妨害というと、各競技への参加者へそれなりの脅しをかけて、葉柱のクラスがダントツで勝ち抜けるような小細工をするとか、もっとあからさまに野次を飛ばして威嚇して、大会にならない空気にしちまうとか。いっそのこと、バイクでグラウンドを蹂躙し、体育祭自体を中止に追い込むとか。
「出来なかねぇが、そんなことをしでかしたなら、間違いなく新聞沙汰だ。」
 自分の肩越し、グラウンドを顎をしゃくって示した葉柱であり。何でしょうかと皆が見やった先には、

  「…何で新聞社やテレビ局のクルーが、取材に来てますか?」
  「大方、坊主が伝手を手繰って呼んだんだろさ。」

 本部席に程近く、中継用の専用車両が停められてあり。本格的な機材をそろえたクルーの方々が、立ったり座ったりして着々と準備中という風情。こんなまでの衆目のある中で、そんな騒ぎを起こそうものなら。個々人のお顔にこそモザイクもかかろうが、都立高校で大醜態、なんて、毎年の成人式でのみっともない騒ぎと同じようにワイドショー辺りで叩かれるだろうし。
「そうなったら。今まだ三位決定戦待ちのシノブらが、打って変わって“出場停止”なんて扱いをされかねんしな。」
「あ…。」
 そう。実はそういう微妙な勝ち残りをしている今年度のカメレオンズだったりするので、要らない雑音を立てるのはよろしくない、と来て。
「そうなんだぞってのを誇示するための、お目付け役としての、坊主の直々の観戦でもあろうしよ。」
「ははぁ…そうなんですか。」
 何でこんな早々と来てやがったのか、これでやっと判ったぜなんて。総長さんとしては何にだかへか、一応満足してらしてるみたいですが。他の面々に至っては…“はやや〜〜〜”っという、何とも言えない溜息が出るばかり。そんなややこしい布石を打たれていたことも、そしてそれに気づいていたことへも。これだけの頭数がいたのに、総長さんよりも早くに、背景となってた情報は得ていたっていうのにね。いやはや、奥が深い読み合いですことと。その即妙さにこそ、感心するやら呆れるやらで。

  「こうなったらしょうがない。」

 言われるまでもなく、正々堂々。元々からして“思い出作り”とやらにも勤しむつもりでいたことだしと、腰までたなびくクラスリーダー専用の、長くて白い鉢巻きを、額にあてがい、ぎゅぎゅううっと絞って。
「俺とクラス割や色分けが違ってる奴ら。良いか? 絶対に手加減すんな。」
「はははは、はい?」
「あのチビのデビルズ・アイはな、冗談抜きにフィールド向こうの相手ベンチでの会話を、唇読み出来るほどの威力があっから。遠慮や手加減なんてすぐにも見切られっし、そんなことしやがったら、まずは俺自身が叩き伏せるから…覚悟しときな。」
 それはそれは恐ろしい、妖魔のような迫力を戻しての、それこそ立派な脅しをかけてた総長さんだったりしたのだが、

  “徒競走での手加減されて、
   それで相手を叩き伏せてたら…立派な妨害行為じゃなかろうか。”

 それよりも。先を譲られたその瞬間に、叩くために立ち止まって、その上、後戻りとかするんでしょうかね?
(笑) 喧嘩じゃないんだってのによと、彼らが固まってる校舎裏が、そりゃあよ〜く見下ろせている位置。その校舎の各階の廊下の端に設けられてる、掃除用具や備品用の物置にて、脚立に登って頂上にと腰掛けて。換気用の小窓を開けると、そこから一部始終をこっそりと覗いてたヨウイチ坊や。

  “それにしても。ルイってば相変わらずに、ネットとか携帯サイトとか見ねぇのな。”

 今日のさっきまでホントに何にも知らなかった葉柱だってのは、妖一くんもさすがに驚いたけれど。それをちゃんとフォローして下さる方々に恵まれていたのでひとまずはホッとした。だってそうでなかったならば、
“いくら俺自身がばら撒いたネタだとはいえ、勝った奴ってのに言うこと聞かされる羽目になってたかもだしよ。”
 小さな顎の先、白い指先でちょんちょんとつついての悩ましげなお顔。実を言うと、ホントの賞品はまだ何にも決めてはいない。とはいってもね、ルイがなかなかそわそわしないからってことから付け足した噂、坊や自身が1日付き合うよんって権利の話をほのめかしたところが、物凄い勢いで皆の関心集めちゃったのもホントの話だったので。それを今更、ボク知らないで済ませるのは、もしかして無理かもと。ちょこっと不安がなくもなかった妖一くん。

  “さあ、これで。ルイは今日1日、物凄く頑張るに違いないvv

 るんたったという鼻歌混じり、脚立からぴょいっと飛び降りて、お外へと、グラウンドへと戻ることにする。別にね、こんなしてお尻を叩かなくとも、義理堅くって仲間も大好きなルイのこと、出るからにはどんな競技でも、ちゃんと熱心にかかって頑張ったに違いなく。でもさ、一応ね。保険っていうのかな、掛けておかなきゃって思ったの。
“………。”
 練習中は、グラウンドへと集中してて、こっちには横顔しか見せないルイ。精悍で凛々しくて、なかなかカッコよくって好きだけど。こっち向いてくれないのは何か詰まらない。シフト練習でパス回しとか新しい作戦とかが上手くハマったりすると、凄い嬉しそうにラインの連中とかの肩をどやしつけ合って、心からって笑い方すんのがちょっと、チリッて来る時がある。

  ――― だから、あのね?

 こんな風な風聞流して、それがルイの耳にも入ったら…どうするだろか。ねえ、誰かになんてやるもんかって、怒ってくれる? そうならないようにって、何倍も頑張ってくれる? 人を試すなんてよくないって、セナにだったか言われたことがあったような気もすっけど。多感な年頃の青年たちの恋と葛藤を描いた青春群像たらいうのがテーマの、ベタで下らないドラマみたいで、立ち返れば…クッサイことしてんなって苦い想いも、しないではなかったけれど。

  “…だって、しょうがないじゃんか。”

 俺はサ、ツンさんや銀さんじゃあないから。同じゲームに力合わせて頑張って、勝ったぞ負けたぜって、同じ熱さでは泣いたり笑ったりが出来ない。あんな沢山いた、ルイと同い年のお姉さんたちじゃあないから。肩を並べて、時たま視線を絡ませたりして、特別な間柄だってことへちょびっと嬉しく思いながら、一緒に歩くことは出来ない。だから、
“こんな形で確かめるしかないじゃんか。”
 若しくは。こんな形で、今日一日、自分のことばかり考えててくれるようにって、持ってくしかないじゃんかって。心のどこかで、それは作為だと。そんなのホントじゃあないよと、セナによく似たもう一人の自分が囁いたけれど。

  「だって…。」

 もう、やっちゃったことだもん。動き出しちゃったルイだもん。もう止まんないし、無かったことには出来ないもん、と。ちょっととぼとぼ、元気が半減してしまったような足取りで階段を下りてゆき、特別教室が固まっている、旧の校舎から出て来れば。
「おお、何だ、こんなとこに居たんか。」
 凄い間近で、お兄さんの声がして。
「…え?」
 あ、しまった。早く出てかなきゃ、離れなきゃいけなかったのに。こんなとこに居たって判ったら、上から何覗いてたんだって怪訝に思われるのに。それを素早く思い出し、しまった〜って思った坊やだったのにね。
「良いか? 何かお前が賞品になってるなんて妙な噂もあるらしいけど。心配は要らねぇからな?」
 妖一くんが大好きな、大きな手のひらが、ぽふぽふって。いつもと同じように坊やの髪を撫でてくれて。
「何としてでも、俺ん組が優勝してやっからさ。」
 ちょっぴり眉尻が下がる、いかにも甘やかしていますという時の笑い方。それを見せてくれたルイだったので、
「あ…。////////
 ああ、まったくもうって。ルイったら、もうって。胸の奥がきゅんきゅんってしたの。嬉し過ぎても泣きたくなるって、ホントのことなんだなって。今、気がついた。詰まんない焼き餅からの画策も、これじゃあただの空回りだったかも。こんな簡単なからくりに、てんで気がついてないルイだっていうのが、可笑しいのに…切なくて。

  ――― ルイ。
       んん?

 少し屈んでくれたのへ、こっちからもちょこっと。かかとを上げての背伸びして、あのね? お兄さんのこめかみんトコへ、そぉっとそぉっと“ちう”をして。
「あ…。////////
 今度はこないだみたいに大仰には、驚かなかったルイだったけど。お顔がぱぁっと赤くなったのがよく判って。
「勝ってよね、本当に。」
「あ、ああっ。任しとけっ!」
 今度はにんまり、余裕で笑ってくれたのを、こっちも“にかっvv”って笑って送り出す。大雑把で鈍感で、不器用なその分、打たれ強くて、懐ろの尋がどこまでも深い総長さん。坊やの小細工に気づいたとしても、坊やの奸計に呆れたり怒ったりするよりも、今さっきと同じように“頑張って一位になってやろうじゃねぇか”って宣言してくれたに違いない。早速の出場競技、入場場所へと駆けてく大きな背中を見送りながら、もうルイのこと試すのはやめとこうって、秘かに心に誓った坊やだったりしたのであった。


   “…いつまで保つかは、判んねぇけどな。”

    おいこら。
(ちょんっ)




  〜Fine〜 06.10.23.


  *うわぁ〜〜、凄い突貫だ。
   今日中に書き上がったなんて…。
   しかも、本館のUP作業の後に書き始めたのにね。
   やれば出来るじゃん、自分。
   でもなんか、山ほどの誤字脱字もしてそうなので、
   これからプリントアウトしてみますです。
(おいこら)

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